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アホ

以前ここに書き込んだ、新しいパソコン。

こいつの『アホさ』加減にあきれている。
営業妨害になってはいけませんので、あえて商品名は伏せておきますが。
ここまで『アホ』なら笑うしかない。

このメーカーの電気製品は二度と買わないだろうし。
これを勧めた量販店でも二度と買い物はしない。   (*`ω´*)
というくらいの代物だ。

何が不満なのか。

まず、立ち上がりが極端に遅い。
立ち上がったと思えば、付属品だったマウスが使えない。
電源ボタンをクリックしても電源が落ちず、手動で強制停止なんてことも。

作業中に、様々な『お知らせ』が入り、そのたびに作業が中断されてしまう。
そんなニュースは見たくもないし、お知らせも必要ない。

どうやら、このメーカーは、性能のわりに総花的な機能を付け過ぎているようだ。
だから、動作が重くなるし。
誤作動も起こるのだろうと推測している。

私はワードやエクセル、パワーポイントなどの機能とネットの機能だけで十分だったのに・・・。
「こんな余計なものを付けやがって!」

どうやらこんな思いは私だけでは無さそうだ。
先日、この機種の『評判』が書き込まれてあるサイトを覗いてみた。
評価『一つ星』で、全く同じ思いの人がたくさんいてホッとした。
で、同感したものに、クリック。

毎日、立ち上げるたびに、このパソコンを買ってしまった自分を罵っている。
「このアホ」   (*`ェ´*)
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視察

1月25・26日と民生常任委員会の行政視察に参加してきました。

25日は『市立病院の再整備計画について』ということで、埼玉県の春日部市立医療センターで研修をさせていただきました。

研修の主な目的は、移転建て替えが決まった箕面市立病院の将来の健全経営にふさわしい基本構想とは?
であったろうと思います。

どれくらいのベット数が必要なのか?
どれくらいの診療科目を目標にするのか?
どのような意匠の病院良いのか?

勿論、新しい病院に豪華な意匠を施し、可能な限りの設備と診療科目を揃え、めいっぱいのベット数にすれば、売り上げは上がるでしょう。
しかし、それが過剰投資になってしまえば大問題です。

投資にメリハリを付け。
いかに費用対効果を高めるか?
が知恵の出しどころではないでしょうか。

今回の視察研修は、大変参考になりました。

病院の建替えについては、わが会派でも小山市民病院(正式名称でしたっけ?)にも行ってきました。
今回同行していただいた、箕面市立病院のスタッフの方も多数視察に行っておられるのだとか。
25日の夕食の場で、それぞれの感想や『新病院に対する思い』をぶつけ合う議論に発展しました。
参加したメンバーにとって、とても有意義な夕食会になったと思います。

26日は、千葉県野田市におじゃまし、『地域生活拠点等整備推進モデル事業について』視察研修させていただきました。
事業説明してくださった担当者の説明が素晴らしく。
事業の進捗状況や、課題、今後の方針などが本当によくわかりました。

説明の中で、市が取り組もうとしていることにブレーキをかけるような『規制』。
この岩盤規制に果敢に挑もうとする姿勢には感動しました。

「すべての規制を取っ払え」
といった風な乱暴なことは言いませんが。
地方自治体が、創意工夫を重ねて、そこにふさわしいものを作ろうとしているのだから、『モデルケース』として認めるべきだと思います。
それが本当に素晴らしいものなら全国に広まるだろうし、後続の自治体から見て、更なる改善が必要ならその自治体が工夫するだろうと思います。

事業に取り組む姿勢が、箕面市の職員と相通ずるものがあって、非常に好ましく思えました。

終盤

議会基本条例の策定作業が終盤に入ってきている。

最後に残った『前文』が完成すれば『条例案』として、議員各位に示し。
必要な修正を加えて。
逐条解説を付け。
正式に『箕面市議会基本条例(案)』として公表。

パブリックコメントの実施。
結果を踏まえ、最終の精査作業を経て。
議員提出議案として上程することになる。

議会とは何か?
議員とは何か?
それぞれの役割や、なすべきことについての認識は、議員一人ひとりで微妙に違う。
そのような状態の中で、全員の合意を得なければならないところが『難しい』

もっと踏み込んだ表現を求める意見や。
『踏み込み過ぎだ』という意見。
これらに配慮しながら、毎回、予定時間を上回る白熱した議論を繰り返し、何とかここまでこれた。

当初のスケジュールより1年近く遅れているが、議会内で大きな『ブーイング』が起こらないのがせめてもの救いだ。
我々作業グループの『箕面市議会として誇れるもの』を作りたいと思う熱意が、伝わっているのなら嬉しい。


老犬

久しぶりに、『ダラちゃん』ネタです。

16歳の柴犬の年齢を人に換算すると、80歳ほどだそうです。
ということは、2、3年前に私の齢を通り超えたということになる。

毎年5,6歳の加齢になるのだから、老化現象もそれなりのスピードで進んでいる。
じっと観察していると、『共感できる』ところがあって、かなり面白い。
私たち夫婦の加齢による『ボケ』と、ダラちゃんの『ボケ』が重なり合って、えも言われる可笑しさもある。

ますますマイペースになっているダラちゃん。
爆睡の状態になれば
「死んでるんちゃうか?」
と心配になるほどだ。

先日も、いくら呼んでも起きてこないので、触ってみたら。
驚いて飛び起き、いきなり『ガブリ』
こちらもある程度予想していたことなので事なきを得たが。
かなりやばかった。

かと思えば。
暗くなってから、あらぬ方向に向かって吠えたてている。
吠えている方向を見てももちろん何もない。

「やかましい!」
と𠮟りつけたら。
2時間ほど拗ねてしまって『ふて寝』
起きているのに、こっちを無視して小屋の中でいじけてしまう。

本当に『扱いにくいジジィ』だ。

まっ、私だけでなく。
ダラちゃんの方も
『付き合いにくいジジィ』
だと思っているのかもしれない。

長所

「やっと正月が来た」
というのが実感です。

私にとって『中井ひろゆき後援会主催新年報告会』ほど怖いものはない。

この場で、どのような報告をするのか?
できるのか?
まさに、期末試験を受けるような心境です。

どのようにすれば、試験で良い点が取れるのか。
何せ、これが正解というものがない、まさに記述による試験ですから大変です。

喋るのが苦手ですから、様々な手法を考えた。
自分だけが一方的に話すのではなく、市長との対談形式もやらせてもらった。
試行錯誤を繰り返すうちに、近頃はパワーポイントを使った報告に固まりつつある。

最初の年のパワーポイントは、文字の羅列だった。
自分が喋りたいことを画面に映し、それの補足説明をするだけの『ちゃち』なやつ。

次の年には、アニメーションという手法を覚え。
次の年には、図やグラフを多用した。
今年は、写真を加工することを覚えた。

さて、来年は何をしようか?
新しい技を覚えなくては。   (^∇^)ノ
と、いつの間にかパワーポイントの技を磨くのが目的になって、苦しいはずが楽しみになってしまっている。

そぅ言われれば、議会のたびに悩んで発行する『市議会報告』
いつからか、内容を検討するより。
グラフの取り込みとか、写真の挿入とか。
色使いがどうのこうのとか。
違う目的ができて、ある意味楽しい。

どぅやら、植木屋の時に『庭造り』が面白くて仕方なかった時と同じ感覚かもしれない。
なんでも楽しみに変えることができるのが、私の長所だろうか?   (*^_^*)

補聴

とうとう嫁に押し切られた。

自分では気づかないのだが、かなり難聴が進んでいるらしい。
で、年頭早々から、補聴器をつけることになった。
いつまで続くことやら。   (。-_-。)

3回目の挑戦だ。
1度目は、ネットで買ったと思う。(正確な記憶がない)
首にぶら下げるやつで、2、3度使ったが、邪魔クサくなってやめた。

2度目は、1年ちょっと前に専門店で誂えた。
結構高かったので、『もったいない』が半分有って、3か月ほど使用したが邪魔クサくなってやめた。

家で、毎晩のように嫁と言い合いになる。
嫁の話を聞かないと怒られる。

マイペースな私は、嫁の『与太話』に付き合うのが苦手だ。
メリハリのない『長話』も大嫌い。
で、もともと我が家では会話が成り立たない。

に加え、難聴が進んだものだから、嫁に何度も聞き返す。
「えっ」
「なんて?」
「何言うてるかわからん」
「もぅいっぺん、大きな声で言うて」  (`o´)
で、けんかに発展する。

「あんたなぁ、私やから、いちいち言い直したるけど。そんなんで議員務まってるの?補聴器買ぅといで。ええのん誂えといで」
「ちゃんと持ってます」
「それやったら、ちゃんと付けといで」
と毎回のように叱られる。

一昨日から、3度目の挑戦が始まった。

世間に音があふれている。   ((((;゚Д゚)))))))

基準

我々にとって一番大切なのが、『基準』(本文を読んで、もっと良い表現があれば教えてください)ではないのかと思う。

何かを『基準』に
「今日は寒い」とか
「今日は暖かい」とか言ってる。

この基準が『くせ者』で『ええ加減』なもので、すぐに変わってしまう。
10度でも暖かく感じる時もあれば、寒く感じる時もある。
2、3日15度近い日が続けば、10度と言われれば急に寒く感じる。
2,3日4、5度の日が続けば、10度はびっくりするくらい暖かい。

『幸せ』や『不幸せ』だって同じことだ。
順風満帆、思い通りの物事が進んでいるときは、上手くいくことが『基準』(当たり前)になっているから、にちょっとした躓きでも『失望』や『不幸せ』のどん底に落ち込む。
何をしてもうまくいかないで落ち込んでいるときは、他人からかけられた何気ない一言で『幸せ』を感じる。

凡人ほど、この『基準』の振れ幅が大きく、目まぐるしく変化しているのだろう。
達人と呼ばれる人は、振れ幅が小さく、変化の周期も長いように思う。

子供のころ、親父が初詣でおみくじをした。
引き当てたのが『吉』や「大吉』、『凶』ではなく『平』(たいら、と読むらしい)だった。
親父も初めて引き当てたらしく。
「なんや、これは!」  (`o´)
と機嫌が悪かった。

知り合いの神職さんが。
「いやぁ~、高橋さん。好いおみくじを引き当てられた。百近いおみくじの中でそれが一番です。」
まだ腑に落ちない様子の親父に
「運勢に『大吉』を求めても、それが続くはずがない。やがては運気が下降するでしょう。ところが、自分は『大吉』の運気が当たり前だと思っているから、『小吉』の運気なのに不幸だと思う。『吉』や『凶』に翻弄されて生きるより、心静かに生きるためには『平』が一番です」

その言葉を60年近く経った今でもはっきり覚えている。

残念ながら、いまだにおみくじで『平』を引き当てたこともないし、勿論達人の域にも達していない。
毎日『基準』に振り回される、不平・不満の日々だ。

映画

レコーダーに録画された映画を見る機会が増えている。

便利な機械で、決まったタイトルの番組を自動録画してくれている。
特に、年末年始はたくさんの映画を放映していたらしく、パンパンの状態で録画されていた。
その中で「ちょっと見」を繰り返し、タイトルだけで消去した映画や、数分で消去した映画、途中まで見たがやはり消去した映画が続出状態でした。

勿論、最後まで見た映画もある。
感動した映画や。
「なるほどなぁ」と感心させられた映画。
最後まで見たけれど、結局『なんのこっちゃ』で『見た時間を返せ!(`o´)』と思う映画など様々だった。

今回、気に入ったのが「草原の輝き」という映画です。
1961年に作られた恋愛映画で2時間4分の作品だそうな。

あまり『恋愛もの』は見ないのですが・・・・。
この作品も『ちょい見』で消去する予定だったのに、なぜか最後まで見てしまった。
しかも、見ている途中で『ジジ、ごはん』とか、『ジジ、お風呂』とか孫の呼ぶ声で、再三中断したにもかかわらず見たのだから、どこか惹かれるものがあったのだろう。

この映画は、登場人物の誰かの中に自分を見出さないと面白くないと思う。
私の場合は、子供のことを思う頑固な父親だ。
自分の経験から、子供には同じ苦労をさせたくないと思うあまり、逆に子供を不幸にさせてしまう、『イヤーなおっさん』だ。

それ以外に、子供をかまい過ぎる母親や、放任主義の父親、反面教師ともいえるふしだらな姉、ただおどおどするだけの母親など様々な家族が登場する。
それ以外にも、おせっかいな友達や、『ちょっとなぁ』と思う友達、『それって違うやろ』と思う大人もたくさん登場する。

アメリカ映画にしては珍しく『ハッピーエンド』で終わる映画ではなく。
恋人同士が、すれ違いから生じた運命のいたずらで別々の家庭を持つのだが。

『確かに、世の中にはこんなことってよく有るよなぁ・・・』って思わせてくれる映画です。
そして、自分を重ね合わせた登場人物も、決して悪人ではない。
本当に子供のことを考えた結果が・・・・。

この歳になったから、この映画の奥深さに気付くことができたのかもしれません。

講評

今年も1月3日の消防出初式で、市の公式行事が始まった。

今日の出初式は、とにかく寒かった。
最初は時雨だったのが、みぞれ混じりの雨になり、みぞれから雪に変わり。
吹く風にも寒さが募りるという天候で、思わず昔のことを思い出した。

あの時も確か、全国大会に出場してくれた分団のポンプ操法の披露があった年だったと思う。
降りしきる雪で、整列している隊員・団員の帽子や肩に雪が積もり白くなってしまった。
整列中の私に『中止か否か』の判断をするよう促す伝令が来て。
断腸の思いで中止を決断(同意)した。

「出初式にポンプ操法を披露しようという年にこんな寒さになるなんて」
と、感慨深げなものがあった。
しかし、今年はポンプ操法の披露もできたし、式典も最後まで済ますことができて、非常に良かった。

何よりも、式典がスムーズに進行され、きびきびした訓練披露ができて本当に良かったと思う。

倉田市政になって、伝統を重んじる出初式が大きく様変わりした。

昔の無骨一点張りで規律と伝統を重んじる出初式を知っているのもからすれば、物足りなさを感じるかもしれない。
が、ギャラリーの人たちからすれば、出初式が身近に感じることができて嬉しいと思ってもらえたろう。
特に小さい子供たちには楽しい行事になってくれたろうと思う。

ただ、見ていて感じたのは。
確かに消防が身近に感じるものになり、傍観者が増え、子供たちのファンも増えたが、それが消防団の活性化につながっているのだろうか?
災害時に本当に必要なのは、傍観者や消防にあこがれる子供たちではなく、厳しい現場に立ち向かう者たちだ。
わが身の危険を顧みず、人のために働こうとする精神だ。

どのような工夫をすれば、消防活動にあこがれを持ってくれる子供たちを取り込むことができるのだろうか?

消防団の活性化のために、我々は知恵を出し合い、工夫を重ねねばならないと思う。
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